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雅歌6章

  • fmiwadecc
  • 5月23日
  • 読了時間: 1分

雅歌が書かれた古代の時代背景を考えると、女性は守られるべきはかない存在として描かれがちです。しかし、この6章に出てくる花嫁は、「夜明けのように見下ろし、月のように美しく、太陽のように清い」と、宇宙的なスケールで、力強く光り輝く存在として描かれています。

ただ守られるのを待つ弱々しい美しさではなく、相手を圧倒するほどの気高さと眩しさを持った女性像。これって、現代の視点で見てもすごくカッコいいですよね。

この関係性は、私たちと神様(キリストと教会)のつながりにも例えられます。私たちが時に迷い、神様を見失って神殿のまわりを探し回るようなことがあっても、神様は変わらない熱烈な愛で、私たちの存在そのものを「美しい」と受け止めてくださる――そんな深い救いのメッセージとしても読み解くことができます


 
 
 

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