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キリスト教の葬儀
2026年9月9日 友人の葬儀が粉河チャペルで行われました。キリスト教の葬儀は召天式と呼ばれ キリストを信じて死んだ人の魂は直接天に昇ります。いわゆる亡骸はだだの肉体となっていると考えられています。葬儀は故人の思い出とご家族の慰めそして何よりも神様を礼拝することと位置づけられております。とても素晴らしい告別式召天式でした。故人が愛した賛美歌が歌われました。長沢崇史 - 向日葵 とても印象に残る歌でした
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9月9日読了時間: 1分
少し時間を空ける工夫
現代は、多忙で情報が溢れる時代と言われています。しかし、忙しさや情報の取り入れ方は自分次第です。自分自身を振り返ってみると、本当に大切な時間や情報を自分でコントロールできているか考えたとき、あまり必要でない情報を得ていることが多いと感じたり、本当に大切な時間を確保できていないと感じることがよくあります。聖書には「しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」という一節があります。このことを心に留めて、今朝を始めたいと思います 木村
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9月8日読了時間: 1分
8月2日
世の富や一時の楽しみに頼る生き方は、いつか底をつきます。そこに私たちの真の幸福はありません。 悔い改めと真理の探求 私たちは神の前に自らの不完全さと罪深さを認め、世の基準ではなく「神の真理」を求めて立ち返る(悔い改める)必要があります。 自分の貧しさを認める歩み 自分自身の力では霊的に無一物(貧しい者)であることを知るとき、初めて神の恩寵と憐れみを全人格で受け取ることができます。 聖霊のみちからに頼る 自力で神の御心を全うすることはできません。日々の生活の中で聖霊の助けと導きを求め、肉の欲ではなく「神の御心」を優先する歩みへと更新されていくことが求められています。
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8月2日読了時間: 1分
7/11 伝道献身者奨励日
説教要約:『御霊の実』 1. 伝道献身者奨励日を覚えて [52:46] 本日(7月12日)は教団の「伝道献身者奨励日礼拝」です [52:46]。教職者の不足という実態がある中、神にすべてを委ね、すべてを捧げる「献身」の信仰について改めて考え、献身者が起こされるよう共に祈りましょう [54:54], [57:13]。 2. 律法から福音へ、そして「自由」の獲得 [01:00:59] 聖書箇所(ガラテアの信徒への手紙 5章16〜26節)の背景には、古い教え(律法)に引き戻そうとする勢力と、イエス・キリストがもたらした「福音」との対立がありました [01:00:59]。 イエス様の十字架によって、私たちは罪の奴隷状態から解放され、「自由」へと導かれました [01:08:03], [01:09:09]。 3. 与えられた「自由」をどのように用いるか [01:09:28] 聖書が語る自由とは「好き勝手に生きてよい」という意味ではありません [01:09:36]。 肉の欲望を満たす自由:自己中心的な欲に走ること、あるいは自分の力(律法的な行い)で自らを義とし
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7月17日読了時間: 2分
2026年7月5日
本日の礼拝メッセージ 「お言葉ですから」ルカの福音書5章1〜11節 1.聞き従うことの祝福 ルカ5章には、夜通し漁をしたにもかかわらず、一匹の魚も得られなかったプロの漁師ペテロの姿が描かれています。 疲れ切った朝、イエス様はペテロに向かってこう命じられました。 「沖に漕ぎ出し、網を下ろしなさい。」 常識では考えられない指示でした。 夜のほうが魚は捕れやすく、朝方に沖へ出るのは漁師としては非効率です。 しかしペテロはこう答えます。 「お言葉ですから、網を下ろしてみましょう。」 この「お言葉ですから」という姿勢こそ、信仰の核心です。 状況が不利であっても、経験や知識に反していても、主の言葉に従うとき、主はご自身の御業を現してくださる。 ペテロはその従順を通して、想像をはるかに超える大漁を経験しました。 2.不完全な人格でも、主は用いてくださる ペテロは完全な人ではありませんでした。 気が短く、失敗も多く、後にはイエス様を三度否認する弱さも持っていました。 しかし、そんなペテロをイエス様は退けられませんでした。 むしろ、 「あなたを人間をとる漁師にしよ
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7月5日読了時間: 2分
6月28日主日礼拝式
キリストの自由(ガラテヤの信徒への手紙 5章1〜15節)1. ガラテヤ書が伝える「福音」の核心 [57:13] パウロがガラテヤの教会に伝えたかったのは、イエス・キリストがもたらしてくれた豊かな「福音(素晴らしいお知らせ)」です。私たちは罪の沼にはまり、自力では抜け出せず神様との関係が断絶していましたが、神様はイエス様をこの世に送り、十字架と復活の奇跡によって天国への道を備えてくださいました。イエス様が私たちの悪いところをすべて洗い流し、身代わりとなってくださったことで、私たちは罪の縄目から解放され、神様との関係が回復されるのです。 2. 律法と福音の違い [59:17] かつて神様はイスラエルの民に「律法(決まりごと)」を示されました。しかし、人間は自分の力で律法を完全に守ることはできず、自力で神様との関係を回復したり天国に行ったりすることは不可能です。律法が明らかにしたのは、「完全なる神の義に対して、人間は追いつくことができない」という事実でした。だからこそ神様はイエス様を救い主として送られました。私たちは、自力ではなく、イエス様を救い主とし
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6月30日読了時間: 3分
2025年6月21日主日礼拝
メッセージ題:「罪人を招く神」 聖書箇所:ルカの福音書 5章28節〜32節 「医者を必要とするのは健康な人ではなく、病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである。」(31-32節) ① 「中風の人の癒し」が示す、イエス様の罪を赦す権威(伏線) レビ(マタイ)が招かれる直前、イエス様は身体が麻痺して動けない「中風の人」を癒されました。その際、イエス様は単に病気を治しただけでなく、「あなたの罪は赦された」と宣言されました。 周囲の宗教指導者たちは「神のほかに誰が罪を赦せるか」と憤りましたが、イエス様は男を歩かせることで、ご自身に「地上で罪を赦す権威があること」を目に見える形で証明されたのです。この「罪の赦しの権威」の証明こそが、直後に続くレビの招きの力強い伏線となっています。 ② 霊的中風(罪)の真っただ中にある者への、神からのアプローチ 中風の人が自分の力では一歩も動けなかったように、徴税人レビもまた、罪と孤独の泥沼から自力で抜け出すことはできない「霊的な中風(麻痺)状態」にありました。...
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6月22日読了時間: 3分
イザヤ書28章
イザヤ書28章は、預言者イザヤが北イスラエル王国(エフライム)の崩壊の予言と、南ユダ王国の指導者たちへの警告を語った、非常に力強くも厳粛な章です。 1. エフライム(北イスラエル)の傲慢と崩壊(1〜4節) 「エフライムの酔いどれの誇りの冠」への災い: 当時、北イスラエルは物質的な繁栄に酔いしれ、霊的に盲目になっていました。イザヤは彼らを「しぼんでいく花」に例え、その栄華が長くは続かないと警告します。 激しい嵐のような裁き: 神は「力強く激しい者(アッシリア帝国)」を送り込み、激しい嵐や洪水のように彼らを襲わせ、その誇りを足で踏みつけにされます。 2. 残された者への希望と、指導者の腐敗(5〜13節) 真の冠: すべてが破壊される中で、万軍の主ご自身が「残された民」の輝かしい冠となると約束されます(5〜6節)。神に信頼する者には希望が残されています。 祭司と預言者の失態(7〜8節): しかし、南ユダの指導者たち(祭司や預言者)もまた、本物の酒に溺れ、目がかすみ、正しい裁きや幻を見ることができなくなっていました。彼らの食卓は嘔吐物で汚れていると、生々
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6月22日読了時間: 3分
イザヤ書27章
イザヤ書27章は、「どれほど厳しい現状(捕囚や苦難)があっても、神の最終的な目的は破壊ではなく、悪の根絶と我が民の救済(回復)である」という強いメッセージを持っています。 苦難の時代を経て、罪が清められた民が再び神のもとに集い、世界を祝福する存在になるという、新天新地を見据えた壮大な救済のビジョンがここに完成します。 イザヤ書27章3〜6節の「恵みのぶどう園」の御言葉を通じて与えられた、神と人、そして人と人との関係における「本当の和解」について。 1. 聖書が提示する「逆転の歩み寄り」 一般的に「和解」とは、悪を行った者が反省して歩み寄るものと考えられます。しかし聖書(イザヤ書)が描くのは真逆のドラマです。裏切られ、傷つけられた側であるはずの「神」のほうから、夜も昼もぶどう園を見守り(3節)、先に両腕を広げて人間の元へと歩み寄ってくださいます。 2. 「心で近づく」という人間の応答 神がどれほど圧倒的な愛で先手を打ってくださっても、それだけで和解が成立するわけではありません。神が求めておられるのは、外見的な宗教行為ではなく、私たちの「心の向き」で
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6月20日読了時間: 2分
イザヤ書26書
イザヤ書26章は、 「救いの確かさ」「神への信頼」「裁きと回復」をテーマにした、美しく力強い賛歌です。 詩篇に似た構造を持ち、イスラエルの民が「終わりの日」に歌うとされる“勝利の歌”として描かれています。 🎯 要点(まず結論) イザヤ26章はこう語ります。 神は堅固な城壁のように民を守る 心の定まった者には完全な平安が与えられる 神の裁きは地を正し、悪は最終的に滅びる 神の民は復活の希望を持って立ち上がる 神の時が来るまで、静かに主を待ち望め 章全体の流れ 1. 救いの城壁としての神(1–6節) 「われらには強い都がある」 → 神ご自身が城壁となり、民を守るという宣言。 「心の堅固な者を、あなたは完全な平安のうちに守られる」 → 有名な26:3。 ヘブライ語では「シャローム・シャローム(平安、平安)」と強調される。 ポイント 信頼の対象が「状況」ではなく「神」であることが強調される。 2. 神の道はまっすぐ(7–10節) 神の道は「平らにされる」=正義と真実に満ちている。 しかし、悪しき者は恵みを受けても正しく歩まない。 ポイント 神の
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6月20日読了時間: 3分
イザヤ書25章
イザヤ書25章は、旧約聖書の中でも「イザヤの黙示録(24〜27章)」と呼ばれるセクションの一部です。この章は、神による悪の審判(24章)の後に訪れる、「神の究極的な勝利」と「救いの完成」を祝う美しい賛美の賛歌で構成されています。 1. イザヤ書25章の構成と解説 ① 神への賛美と地上の権力の失脚(1〜5節) 内容: 預言者イザヤが、神の「古くからの計画」が真実をもって実現したことを個人的に賛美することから始まります。 ポイント: ここでは、神に敵対していた「高慢な都市(象徴的な悪の勢力)」が崩壊し、逆にこれまで虐げられていた「貧しい者」「貧困に苦しむ者」にとって、神が嵐を避ける隠れ家、強い砦となられたことが歌われています。 ② 神の祝宴と「死の消滅」(6〜8節) ここが聖書全体の中でも特に重要な、ハイライトとなる部分です。 万民のための祝宴(6節): 神はシオンの山(エルサレム)で、ユダヤ人だけでなく「すべての民族(万民)」のために、上質な肉と洗練されたぶどう酒による豊かな祝宴を用意されます。 死の勝利(7〜8節): > 「主は...すべての人々
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6月18日読了時間: 3分
イザヤ書24章
イザヤ書24章は、聖書の中で「イザヤの黙示録」(24章〜27章)と呼ばれる重要なセクションの幕開けとなる章です。 それまでの章(13章〜23章)では、バビロンやモアブ、エジプトといったイスラエル周辺の「特定の国々」に対する個別の裁きが語られていましたが、24章に入るとスケールが完全に変わります。ターゲットは特定の国ではなく、「地球全体」「全人類」です。 。 1. 24章の全体構造 24章は、徹底的な破滅の描写から始まり、その中で神を賛美する人々の声、そして最終的な神の完全な勝利(統治)へと向かう、ドラマチックな構成になっています。 節 主なテーマ 概要 1〜13節 地上への徹底的な裁き 貧富や身分に関係なく、全人類に及ぶ荒廃。大地が呪われる理由。 14〜16節 残された者たちの賛美 裁きを免れたわずかな人々が、世界の果てから神の義を称える。 17〜23節 天と地の激動と神の統治 逃げ場のない恐怖、天の窓が開き、最後に主が王となられる。 2. 核心となる3つのメッセージ ① 例外なき平等の裁き(1〜3節、13節) イザヤは、神が地球を「覆し、その住
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6月17日読了時間: 3分
イザヤ書23章
イザヤ書23章は、古代の地中海世界で強大な富と権力を誇ったフェニキアの港湾都市、ツロ(ティルス)とシドンに対する破滅の預言が語られている章です。 1章から続いてきた「諸国に対する宣告(審判の預言)」の締めくくりとなる章であり、どれほど経済的に繁栄し、難攻不落に見える国であっても、神の主権の前には高慢(プライド)ゆえに崩壊するという痛烈なメッセージが込められています。 1. イザヤ書23章の全体構成 この章は大きく分けて3つのパートに分類できます。 節 テーマ 概要 1〜7節 ツロの崩壊と周辺国の動揺 海の女王と呼ばれたツロが破壊され、交易相手だった国々(タルシシュやエジプト)が衝撃を受け、悲嘆に暮れる様子。 8〜14節 裁きの理由と主の主権 なぜツロが滅びるのか。それは、人間の「高慢」を打ち砕くという神の計画によるものであること。 15〜18節 70年の忘却と将来の回復 ツロは一時的に忘れ去られるが、70年後に復興し、その富が最終的に神のために用いられるようになるという預言。 2. 解説:重要な3つのポイント ① 「海の女王」ツロの経済的失墜(1
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6月17日読了時間: 4分
イザヤ書22章
イザヤ書22章は、旧約聖書の預言書イザヤ書の中でも、特に「幻の谷(エルサレム)」に対する神の厳しい審判が描かれている章です。 当時、アッシリアという巨大帝国の脅威にさらされていたエルサレムの人々の姿を通して、現代にも通じる「神を忘れた自己過信」や「刹那的な享楽主義」への警告が鳴り響いています。 この章は大きく前後半の2つのメッセージに分けることができます。その背景と構造を分かりやすく解説します。 前半(1〜14節):幻の谷(エルサレム)への宣告 ここでは、敵に包囲されている(あるいは危機が迫っている)にもかかわらず、なぜかお祭り騒ぎをしているエルサレムの住民の異常な様子が描かれます。 的外れな歓喜(1〜4節) 住民たちは屋根に登って大騒ぎし、勝利を祝うかのように歓声をあげています。しかし預言者イザヤは一人、これから街に降りかかる悲劇(戦わずして捕らえられる指導者たち、破壊される街)を予見し、激しく泣き崩れています。 迫りくる危機(5〜11節) エラムやキルといった異国の軍勢(アッシリア軍の混成部隊)が攻め寄せ、街の防壁を脅かします。これに対し、エ
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6月17日読了時間: 4分
イザヤ書21章
イザヤ書21章は、主にイスラエルの周辺諸国、特にバビロン、エドム(ドマ)、そしてアラビアに対する「神の裁きの預言(託宣)」が収められている章です。 この章の最大の特徴は、預言者イザヤが単に未来の出来事を客観的に伝えるだけでなく、まるで恐ろしい悪夢を見たかのような、生々しい苦悩と緊迫感をもって情景を描写している点にあります。 1. バビロンの陥落(1〜10節) 「倒れた、バビロンは倒れた。その神々の彫像はすべて、地に砕き落とされた。」(9節) 背景と解説 最初にして最大の預言が、大帝国バビロンの滅亡です。冒頭で「海の荒れ野に対する託宣」と象徴的に表現されています。これは、ユーフラテス川の氾濫原に位置し、かつて「水の混沌」のようだったバビロンの土地を指しています。 預言者の苦悩(3〜4節): イザヤは、バビロンを襲うエラムとメディア(後のペルシア帝国)の軍勢を幻で見ます。その光景があまりに凄惨だったため、イザヤ自身が「陣痛に襲われた女のよう」に腰の痛みに苦しみ、恐怖で心が震えると告白しています。 見張りの役割(6〜9節): 神はイザヤに「見張りを立て
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6月15日読了時間: 4分
イザヤ書20章
旧約聖書・イザヤ書20章は、わずか6節という非常に短い章ですが、預言者イザヤが「裸かつ裸足で3年間過ごす」という、聖書の中でも特に強烈なパフォーマンス(象徴的行為)を行ったことで知られる重要な箇所です。 1. 歴史的背景:アッシリアの脅威と「アシュドド捕囚」 時は紀元前711年頃。当時、中東世界を震撼させていた超大国アッシリア(王サルゴン2世)が、パレスチナ地方の都市アシュドド(ペリシテ人の町)を攻撃・占領しました(1節)。 この時、ユダ王国(イスラエルの南半分)の周辺国は、アッシリアに対抗するために「エジプトやクシュ(現在のスーダン・エチオピア付近の黒人王朝)」と同盟を組んで頼ろうとしていました。ユダ王国の国内でも、「神よりも、大国エジプトの軍事力に頼るべきだ」という声が強まっていたのです。 2. イザヤの奇妙な「3年間」のパフォーマンス そこで神は、言葉だけでなく、イザヤの「体」を使って強烈なビジュアルメッセージを人々に示しました。 「あなたの腰から荒布を解き、足から靴を脱げ」 イザヤはそのように行い、裸になり、裸足で歩いた。(2節)...
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6月15日読了時間: 7分
2026年6月14日 主日礼拝
1. 当時の「幼子」が置かれていた社会的立場 当時のユダヤ社会において、幼子は「一人前として数に数えられていない」存在でした。 無力で無権利: 社会的な地位、財産、業績、あるいは律法を完璧に守る能力など、何一つ「誇れるもの(誇るべき実績)」を持たない存在の象徴です。 ただ受けるのみ: 自分の力で生きられないため、親や周囲の慈悲と養育を100%信頼して、ただ受け入れるしかありません。 この「幼子のくだり」は、ルカによる福音書18章において、まさに絶妙な文脈に挟まれています。 前:ファリサイ派と徴税人のたとえ 自分の正しい行い(業績)を誇るファリサイ派ではなく、ただ「神様、罪人の私を憐れんでください」と胸を叩いてへりくだった徴税人こそが義とされました。 中:幼子たちを祝福するイエス(当箇所) 弟子たちは「(数にも入らない)子供を連れてくるな」と叱りますが、イエスは拒まず、むしろ恐れなく近づき、触れ合わせます。 後:金持ちの議員の質問(「何をすれば永遠の命を受け継げますか」) 彼は「すべての戒めを守ってきた」という自分の完璧な業績を握りしめていました。
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6月15日読了時間: 2分
イザヤ書19章
旧約聖書の預言書イザヤ書の中でも、当時(紀元前8世紀頃)の国際情勢において大国であった「エジプト」に対する預言(託宣)が神の視点から描かれている章です。 この章の最大の特徴は、前半の「エジプトへの裁き(破滅の預言)」から、後半の「エジプトの救いと、敵国同士の和解(驚くべき祝福の預言)」へと劇的にトーンが変化する点にあります。 1. 前半:エジプトへの裁きと混乱(1〜15節) 前半では、神の裁きによってエジプトが政治的、経済的、宗教的に徹底して無力化される様子が描かれています。 政治的な混乱(1〜4節) 神が「素早い雲に乗って」エジプトに来ると、エジプトの偶像(神々)は震えののきます。 エジプトの内部で内戦が起こり(都市と都市、王国と王国が争う)、最終的に「残忍な君主」「激しい王」によって支配されると預言されます。 経済・自然の崩壊(5〜10節) エジプトの命の綱であるナイル川が干上がります。 これにより、漁師は嘆き、ナイルの恵みに依存していた亜麻布の織り手や労働者は絶望します。大帝国の経済的な基盤が完全に破壊される描写です。 知恵の喪失(11〜1
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6月15日読了時間: 4分
イザヤ書18章
聖書全体の中でも「最も解釈が難しい難解な章」の一つと言われています。 この章を一言で表すと、「当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだった大国(クシュ/エチオピア)に対して、神が『静観し、時が来れば介入する』と告げ、最終的に世界が神を礼拝するようになることを預言した大局的なメッセージ」です。 1. 時代背景:迫りくるアッシリアの脅威 この預言が書かれたのは、紀元前8世紀後半。当時の中東地域は、残虐な大帝国アッシリアの侵略の脅威にさらされていました。 これに対抗しようとしたのが、エジプト南部に興り、エジプト全土を支配下に収めていた「クシュ王国(エチオピア/第25王朝)」です。クシュはアッシリアに対抗するため、ユダ王国を含む周辺の小国に「同盟を組もう」と使者を送って呼びかけていました。イザヤ書18章は、このクシュの使者が到着した場面から始まります。 2. 各節の詳しい解説 ◆ 1〜2節:クシュ(エチオピア)からの使者 「災いだ。川の向こうの、羽音のとどろく国、ナイル川の向こうの国。これはパピルスの舟を水に浮かべ、海路、使者を送る。」 「羽音のとどろく国」:ナイル川
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6月11日読了時間: 4分
イザヤ書17章
イザヤ書17章は、旧約聖書の預言書イザヤ書の中でも、主に「ダマスコ(ダマスカス)と北イスラエル(エフライム)に対する裁きの預言」が語られている章です。 当時の国際情勢(紀元前8世紀後半)を背景に、神に背を向け、他国と同盟を結んで自国を頼みとした国々がどのような運命をたどるか、そしてその中にある希望が描かれています。 1. ダマスコと北イスラエルの破滅(17:1〜3) 冒頭では、シリア(アラム)の首都ダマスコと、北イスラエル王国(中心的な部族の名から「エフライム」と呼ばれる)の没落が預言されます。 ダマスコの廃墟化: 「ダマスコは町でなくなり、崩れた山となる」とあり、強力な都市国家だったダマスコが完全に破壊されることが示されます。 同盟の崩壊: 当時、シリアと北イスラエルは同盟を結び、強大化するアッシリア帝国に対抗しようとしていました(これを「シリア・エフライム戦争」の背景と言います)。しかし、神の目から見れば、この人間的な同盟は無意味であり、両国とも一蓮托生で衰退していくことが告げられます。 2. イスラエルの衰退と「残された者」(17:4〜6)
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6月10日読了時間: 4分
聖書の御言葉を分かち合う
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